視界の一部分が見えなくなった、、。中心暗転?25歳の夏

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目の一部が見えなくなった。
両目の中心付近にそれぞれ見えない部分があり、右目は犬の横顔のような、左目は山梨県のようなシルエットである(中心暗転というらしい)。
こうして文字を打つのも、見える部分をなんとか探して、ぎりぎり書いている。
症状の記録用という意味もあるが、もしこの先、悪化して視力を失うことになれば、もう文字とはお別れなので、最後の手記として、このブログを書こうと思う。

なんでこんなことになってしまったのか。
まだ25歳なんですけど、ちょっと。

そもそものはじまり

今年の3月に大学院を卒業し、4月から22卒の新社会人となった。
順風満帆の新生活、憧れの東京暮し、かと思われた。


7月31日(日)、夕方くらいから急に体調が悪くなる。
寒気に頭痛、吐き気と、もはや立ち上がれないほどにしんどくなった。
午前中まであんなに元気でピンピンしていたのに、もはや別人。
人間ってこんな短時間で容態が急変するのか、と驚いた。
もはや虫の息である。

とりあえず市販の解熱剤を飲み、悶えるが、あまり効いていないような気もする。
夜になって熱を測ったところ、39℃代くらいだったと思う。
その日は解熱剤を飲んで寝た。

8月1日(月)、明け方に解熱剤を飲んだので、朝は37℃くらいになっていた。
微熱くらいならとテレワークを始めた(今思えばこの時点で会社を休んで病院に行くべきだった)。
午前中どんどんしんどくなり、昼休みに熱を測ると40.4℃。
そこから解熱剤を飲んで、午後はあまり覚えていないが、一応終業時間まで働き、ぶっ倒れる。
この日が一番辛かった気がする。
何も食べれず、飲めず、トイレに吐きに行くが何も出ず、熱は40℃代をキープしていた。

8月2日(火)、流石にこの日は会社を休んだ。
(この朝くらいから若干、目の見え方に違和感があったような気がする)
コロナの疑いもあるので病院に行こうとするが、発熱外来を受け付けてる病院がほとんどない!
リアルに20件近く電話をかけて、その日の夜19時に診てくれる病院を見つけた。

夜、病院に行く頃には、解熱剤がなくても37℃代になっていたと思う。
内科の先生に見てもらうと、即PCR検査(抗原検査?)を受けることになった。
ベランダに通され、イスに座らされる。
(くしゃみをした場合等の感染対策だとは思うが)とてもシュールである。
夜風にあたりながら、とてつもなく痛い綿棒を鼻に突っ込まれる。
病院のベランダでなにしてんだろ自分(※検査です)。

結果は…………陽性。

陽性だと検査キットに線が出るらしいが、入れてすぐ線が出た、と先生は嬉しそうに教えてくれた。
まあ、薄々そうだろうなとは思っていたけどね!
ロキソニンやら喉の炎症を抑える薬など、一通り処方してもらい、帰った。

熱もいくらかマシになり、山を超えたようだったので、その日は薬を飲んで眠りについた。

目が見えづらくなる

8月3日(水)、翌朝目が覚めると、明らかに目の見え方に違和感を感じた。
なんというかべきか、見えづらい。変な感じ。
目をパチパチすると、太陽を直視したときの様な光の残像みたいなものが見える。
でも両目で物を見る分にはちょっと違和感がある程度なので気にしない事にした。
仕事は休んだ。

8月4日(木)、目覚めるとやっぱり違和感がある。
というか見えづらさが悪化している。
昨日あった残像のような形が大きくなっており、その部分が見えなくなっている事に気づいた。
両目とも同じくらいの面積で、中心付近である。
流石に病院で診てもらわなくては、と思ったが、コロナ隔離期間である。
近くの眼科を受診するわけにも行かないので、とりあえず発熱外来をした病院に電話で相談した。

「眼科の診察が出来る医療機関を、保健所や医師会と掛け合って探すことも出来るが、その場合何も無かったじゃ済まさせれない。どうするか。」

そのような事を言われたので、どうも自信がなくなって、その日は様子を見ることにした。
会社は休んだ。

8月5日(金)、やはり両目とも影は大きくなっている。
流石にまずいと思ったので、再度病院に相談し、大ごとになっても保健所に掛け合って欲しい旨を伝えた。
そしたら、すぐ動いて頂き、保健所からコロナ陽性でも受診できる眼科を探し中だと連絡が来た。

しかし、待てど暮らせど病院が決まらない。
コロナ陽性を診れる眼科など、そうないのである。

昼過ぎに保健所から連絡が来た。

「対面で受診できる病院はないが、電話診療をしてくれる眼科が見つかった。とりあえず電話をしてくれ。」

自分は藁にもすがる思いで、その紹介された眼科に電話を掛けた。

症状を伝えたところ、どうも両目同時に症状が出るということが引っ掛かるらしく、病名はわからず、複雑な状況かもしれないと言われた。
とりあえず効くかどうか分からないが、血管を広げて血流を良くする薬を出してもらうことになった。
コロナ禍で始まった仕組みか分からないが、今は病院と薬局が連携して、最寄りの薬局から家まで薬を届けてくれるシステムがあるらしい。
夕方には薬が届いた。

カルナクリン錠50、とかいうやつ。

その日も仕事を休んだ。

8月6日(土)、見えない部分の影の大きさは前日と変わらない。
もしかしたら薬が効いたのかもしれない。
とりあえず進行は止まった(そこから8月21日まで見え方に変化はない)。

土日はとにかく目を労わって生活する事にした。
大好きなYouTubeも観ず、TVerも観ず、アマプラも観ず。
目をつぶって横になり、ひたすら小説の朗読を聴いた。
芥川龍之介、太宰治、梶井基次郎、宮沢賢治。
(セロ弾きのゴーシュの良さが全く分からなかったので誰か教えて欲しい)

あとハライチのターンも聴いてた。

目が見えづらいなかで仕事

8月8日(月)、コロナの症状はほとんど回復し、体調的には働けるのでテレワークを再開した。
(本当は療養したかったが、8月11日(木)から元々夏季休暇を取っていたので休み過ぎになるため)

にしても、目が見えづらい中でする仕事は地獄!
細かい作業がしづらいので、パソコンと向き合い続ける今の仕事は、苦痛で仕方ない。
文字を読むのに通常の倍は時間かかるし、片目でものを見続けるようなしんどさがある。
0の数は数えられないし、時間がかかると罪悪感で精神的にもキツい。

血の池地獄、針山地獄などあるが、両目中心暗転デスクワーク地獄も中々の厳しさである。

まだ診断結果が出ていないので、上司に眼のことは言えていない。

なんとか3日間を乗り切ることに成功した。

眼科を受診する

8月12日(金)、コロナの隔離期間が明けたので、眼科を受診した。

本当は電話診療してもらった眼科に行きたかったのだが、見事にお盆休みに入っていた。
流石に一週間も待てない。
隔離が明けて、一刻も早く診てもらいたかったので、他のやっている病院を探した。

その眼科では、視力検査、眼圧検査、眼底検査、その他諸々の検査を行い、視力検査では、(見える部分は鮮明なので)なんとか見える部分を探して答えたら、時間はかかるものの視力自体は悪くなかった。
散瞳薬点眼デビューも果たしたが、あれはやばいね。
手元が全然見えなくなる(ピントが合わなくて)。
スマホの画面なんて全然見えなし、その状態で眼底の画像見せられて、ここがこうですと言われても何も見えませんが、、。

診断結果は…………よくわからん。

眼球に問題は無い。網膜に若干、血流が悪い部分が見えるけど、詳細な検査をしてみないとなんとも、、。
そのうち見えるようになるかもしれないし、。
一応、大学病院の紹介状書いとくね。

というような感じで、何も解決せず、治療も無し。
大学病院に行く事になった。

いざ大学病院へ

8月15日(月)、仕事は夏季休暇なので休み。
朝一番で大学病院へ向かった。

—記事が長くなりすぎて1年弱放置してた—

と、ここからが非常に問題で、この大学病院で起きた一事件の為に、未来永劫大学病院にだけはかかりたくないと思うのだが、それだけで一本記事が書けてしまうボリュームなので、続編に記そうと思う。

とりあえず、この病について、この記事を書いている今現在も闘いを続けているということだけ書き留め、筆を置く。

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